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カテゴリ:【特別編】( 43 )

Webカメラにスマホを使う


 コロナ騒動で一躍有名になったアプリはZoomです。この現象はまだまだ続くようです。それにZoomミーティングは遠方の方も参加できるメリットがあり、新しい交流が生まれています。Zoomではスマホでも参加できますが一度に4人しか顔が写りませんのでやはり不満があるようです。

 私の友人たちはビデオ編集のためにデスクトップパソコンを使っています。これでオンラインミーティングに参加するにはWebカメラを購入する必要があります。ネットで調べたらアプリでスマホを使えることがわかりました。しかも、フリーソフトだとわかり早速テストしてみました。

 「iVCam」というアプリで、これをスマホとWindowsパソコンにインストールします。さすが人気アプリだけあってなかなか繋がりません。そこでミラーから取得しましたが20分もかかりました。

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 手元に5年前に不要になったアンドロイドスマホがあります。このカメラ機能を使うことにしました。スマホの方は簡単ですがパソコンの設定に少し戸惑いました。結果は十分に使えることがわかりました。ただスマホには2つのカメラが付いています。後ろ側のカメラが高性能ですからそちらを使ってください。それとハウリングしますのでその調整が必要です。

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 それにこのアプリを使うと不要なスマホで防犯カメラなどにも使えるメリットがあります。


by ja3cf | 2020-07-13 20:19 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑮

おわりに

 私の人生においてこんな充実した旅は今までになかったし、今後も多分経験できないだろうと思う。まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、この辺で筆を置くことにする。

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誰しも初めてこの広大なアメリカ大陸を旅行するといろいろな感動があろうと思われるが、私の場合パック旅行では味わえぬ貴重な体験ができた。これもすべてフロリダ生活十数年、ここに生まれ育った人と同じ程度にこの地理と文化に精通されている文男・祥子夫妻のおかげなのだ。このお二人をガイドと通訳にして各地探訪なのだからこれほどの贅沢はあろうか。

 特に祥子さんには昼間は各地を案内していただき、帰ってからお疲れなのにご飯を食べたいでしょうとわざわざ日本食を作っていただいた。脂っこい食事が続き飽き飽きしていた私たちにとって、どれほどありがたかったことか。

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 日大の杉浦先生にもお世話になった。キーウェストへのドライブに先生の車に便乗させていただいた。おかげで12時間以上に及ぶ日帰りドライブも疲れもせず楽しく過ごすことができた。

 またロサンゼルスでは湯森さんにすっかりお世話になってしまった。私が帰った後も順子が夕方の便でバンクーバーに飛ぶまでの半日、食事や市内各地を大変親切に案内してもらったとのこと。

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 大勢の方々の善意に支えられながら、私のはじめてのアメリカ旅行は終わった。空港での入国手続き以外に下手な英語を使わずに過ごせそうだったが、最後に成田から大阪まで同席だったアメリカ人老夫婦としゃべる羽目になってしまった。このようなゆっくり話せる会話だと何とかわかるのだが、日常会話は相手の言っている意味がわかるまでにワンテンポ遅れるため、すぐ声が出なくて困った。

さあ、次のチャレンジをどこにしようかと、すでに新たな希望へ胸を膨らませながら

           1987年9月25日 (2020320日復刻版)


by ja3cf | 2020-05-09 22:11 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑭

フロリダを後にロスでハムと再会

 9月3日、フロリダを離れる時が来た。楽しかった9日間はあっという間に終わった気がする。太西洋で泳いだ。清水あふれる小川で泳いだ。そしてまた、ホテルのプールで水中照明に照らされながら夜半に泳いだ。おかげでこんがりと日焼けしてしまった。友人たちに「ちょっと太西洋で焼いてきたんや!」かっこいいセリフが思い浮かぶ。

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 私たち乗せた飛行機は、16時過ぎ思い出をいっぱい詰め込んでロサンゼルスへと飛び立った。フォートローダーデール空港までは文男くん一家3人が送ってくれた。途中オーランドを経由したので、ロスの空港を外に出たのは8時半を回っていた。時差が3時間あるので実際は7時間かかったことになる。行きと同じハイアットエアポートホテルにチェックインするとメッセージが2通入っていた。一つは娘に友人からで、後一つはW6OKY 湯森さんからであった。

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 湯森さんは日系2世で、ご両親が私の隣町由良町の出身である。5年ぶりに来日され、ちょうど私がこちらから飛び立つ数日前にお目にかかったのであった。彼はハムとして大変アクティブであるが、柔道の高段者して米国の指導的立場にある。このたびの来日は米国少年柔道チームを引率して国際試合の審判長として来日されたのだそうだ。

 早速電話すると5時から待っていてくれたとのことで恐縮する。すぐ迎えに来てくれた。彼の住んでいるカルバー市はロスの北部にあり、空港からわずか2分のところでご自宅へ案内していただいた。湯森さんのアンテナは自作の30mの鉄柱にハイゲイン製の5エレメントの八木を、14メガと21メガの2本を上げていた。敷地が広いのでそんなに大きいようには見えなかった。方向はいつも日本へ向いているとの事だった。シャック(無線室)には、ケンウッドのTS-930と、ヘンリーの2キロワットのリニアアンプが置いてあった。CQを出してもらったがコンディションが悪く誰も応答がなかった。夜も遅いことで約1時間お邪魔してホテルまで送ってもらった。

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 翌4日、湯森さんは9時前に再び迎えに来てくださった。近くのレストランで朝食をご馳走になって、これも二世ハム、W6AN中村さんのシャックを訪問した。ここもTS-930だった。それにヘンリーの4キロワットのリニアアンプがドカンと座っていた。ご夫人もハムでK6JDHのコールサインで電信に出ておられるとのこと。そのあと飛行機の出発までの僅かな時間を有効に使ってロス市内を案内してもらった。ダウンタウンからリトルトーキョー、チャイナタウンとメキシコ人街をドライブしたら、既に予定の時間をオーバーしてしまった。

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 ここで湯森さんに面白い通信を見せてもらうことになった。朝ホテルへ外出を告げずに飛び出してしまったので、チェックアウトの時間もわからないままだった。ではちょっと聞いてみましょうと湯森さんは積んでいる2メーターのトランシーバーのボタンがちょいちょいと押している。合成音のアナウンスが出て、再びボタンを何回か押すといきなり話しだした。

 なんと直接ホテルとつながって話をしているではないか、驚いた!。フォーンパッチ(無線機と公衆電話と接続すること)は便利だと聞いていたが、それをレピーター(見通しの良いところにある中継局)に使えばこんな便利なことができるとは。これ以外にメッセージの記憶など数々の機能があるそうで、さすがレピーターの本場だと感心する。しかしこんな便利なリピーターが日本にできると、ますます電話ごっこハムの連中に占領されてしまいそうだ。

 JAL61便はロスアンジェルス発13時を45分遅れて飛び立った。空港まで湯森さんが見送ってくれた。成田で乗り換えて大阪空港に無事到着したのは95日の1920分であった。


by ja3cf | 2020-05-02 12:08 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑬

念願のキーウェストへ (その2)

 キーラーゴから2時間、いよいよ待望の「セブンマイルブリッジ」が見えてきた。名前の通り7マイル(11.2km)に渡る大橋は、フロリダキーズを象徴する顔なのだ。この橋は3年前に新しく付け替えられ、素晴らしいハイウェイに生まれ変わっている。右側には古い橋がそのまま残っていた。(掲載の俯瞰撮影の写真は進行方向と反対側からの撮影)「キーラーゴ」の舞台として、今でも頭に強烈に焼き付いている風景はこの橋だったのだ。

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 いま走っている新しい橋は、車から見晴らしがよいように欄干を低く設定されている。前方はまっすぐにどこまでも橋が伸び、左右の窓から見えるのは海と水平線と空のみ!この単調な風景に感動する。「オーバーシーズハイウェイ」という言葉の持つ意味をつくづくと実感しながら走った。

午後2時前にやっと最終目的地であるキーウェストに着いた。途中寄り道したために、6時間半かかったわけだ。島内はかなり広く、飛行場もありメインストリートは土産物店やレストランが多く観光客で賑わっていた。

「キャプテンボブス」というシーフードレストランで昼食を摂ることにした。注文したのは車エビの油炒めをスパイスの効いたソースで食べるメキシコ風料理だ。大きな皿に頭の取ったエビがドカーンと盛り上げている。野菜サラダとパン(ドーナツとあいのこみたいなパン)とソーダ水、それに税金とチップを加えても僅か1300円だから安かった。先生の注文した車エビのビール蒸しを食べさせてもらったらこれも大変美味しかった。

腹ごしらえができたので、車を駐車場に入れて島内の探索に出かけることにした。観光地だけあって、コンク・ツワー・トレインという遊園地の汽車と同じような乗物や巡回バスなどがたくさん走っていた。しかし10分ほど歩くと皆無口になった。とにかく暑いのだ。北回帰線に近いこのアメリカ本土最南端の昼下がりは、ものすごい暑さだった。

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島にはビーチがあるが、砂浜近くには藻が多く、楽しみにしていた海水浴もやめにした。グラスボートによるサンゴ礁の遊覧には興味があったが、時間の都合で断念して島内をドライブして引き上げることにした。

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 このキーウェストに来て、ここは観光地として有名なだけでなく米国本土最南端の基地として、非常に重要なところに位置しているということを思い知らされた。近くに海空軍のキャンプ地があり、レーダードームや無線のアンテナ群が見えている。また空には白い大きな飛行船が雲の間にまに見え隠れしている。観光用や宣伝用でないことは明らかである。海峡を隔ててキューバとは眼と鼻の先である。一見平和なこの素晴らしい楽園は、一触即発の危険と背中合わせで同居しているのだ。


by ja3cf | 2020-04-25 13:26 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑫

念願のキーウェストへ (その1)

 私の青春時代は、戦後の混乱期である。ものに飢え、腹をすかしながら新しいものに憧れた。そんな中で娯楽と言えば、1にも2にも映画である。日本映画もあるがその水準が低く、洋画に酔いしびれたものだ。それもアメリカ映画とフランス映画が全盛時代だった。

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そんな中で見た映画に「キーラーゴ」というのがあった。ストーリーは忘れてしまったが、あの渋い顔をしたハンフリーボガードが出ていたのと、海の中にどこまでも伸びる橋の上を主人公が乗った車を飛行機から俯瞰撮影して追いかける場面が今でもはっきりと頭に焼きついている。その時「アメリカってなんて凄いのだろう、海の中に橋をかけているなんて本当だろうか?」と強烈な印象を受けた。

早速に学校で百科辞典を調べた。あった!フロリダ半島から南へ点々と続く島々をいくつもの橋で結んでいる。その一番端は「キーウェスト」であると。その時からいちどそこへ行ってみたい、あの橋を自分で運転してドライブしたいと夢見るようになった。40年に及ぶ少年時代からの夢が、いよいよ実現する時が来た!

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 フロリダでの最後の前日、92日にスケジュールの都合もあって日帰り往復700kmのドライブで、キーウェストへの旅が始まった。一行は日大の杉浦先生と私、それに娘の順子の3人だ。朝7時過ぎ、先生が借りているシボレーのコルシカで迎えに来てくれた。途中マイアミビーチや美しい橋リッケンバッカーなどに立ち寄り、そこから一路国道1号線を南下する。ここまで運転してくれた先生と交代して、私がハンドルを握ることになった。周りの風景はだんだんマングローブが茂る湿地帯に変わり、いよいよフロリダキーズ(フロリダ半島南部に連なる島々の総称)だ。

 見えてきた!、前方に大きな島が横たわっている。キーラーゴだ。青春時代に見た虚像、いや映像と同じ風景の中へ現実に足を踏み込んだのだ。ハンドルを持つ手が緊張する。ここにはジョーンペナキャンプ国立公園があると教えられたので、まずそこへ立ち寄った。サンゴ礁に囲まれた小さなビーチは本当に美しい。のんびりひなたぼっこしている家族連れのそばに野鳥が遊んでいる。水に浮かべた大きな浮き袋の上でずっと寝そべっているお年寄り。みんな時間など関係なしに自然を満喫している。南国のパラダイスを絵に描いたような風景だ。

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 私たちは残念ながら時間を無視するわけにはいかないので先へ進むことにした。フロリダキーズはいずれもかなり大きな島々で、道路の左右には別荘やモーテルが立ち並んでいるところが多い。

 本土とキーウェスト間の240kmに及ぶ距離は42の橋で結ばれている。書物によればこの道路はもともと鉄道だったのだ。先に話したフラグラー氏が建設したものだが、1935年の大ハリケーンのため鉄道はズタズタに破壊されてしまった。代わって建設されたのがこのハイウェイで、3年後に完成したそうだ。

橋の上から見る海は右がメキシコ湾、左が大西洋。右に広がるメキシコ湾はサンゴ礁の海が何色にも変化し、左に広がる大西洋は濃い藍色で、どっしりと落ち着いている。本当に素晴らしい眺めだ。




by ja3cf | 2020-04-23 09:55 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑪

成長が楽しみな文ちゃん

 文男祥子夫妻は、この9月で丁度結婚10年目になった。お二人の間には6歳になる文(あや)ちゃんがいる。彼女はアメリカ生まれのアメリカ育ちである。現地の子供と一緒に保育所や幼稚園に行っていた。家では日本語で話している。

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そんな状態だから、文ちゃんは日米両国語がペラペラである。それも単にしゃべると言うだけでなく、天性の才能が随所に現れて我々大人が舌を巻くことが多い。近所の友達とガヤガヤと一緒になってしゃべっていたとき、急にこちらを向いて日本語で「この子たち、おしゃべりでしょ」と。そのスイッチの切り替えの見事なこと。日本の歌を自分で英語に直して歌っている。また英語の歌を歌ってくれるのでわからないと言ったら、それなら歌詞を書いてあげるとノートにスラスラと書きあげた。歌の文句は大人でも難しいのに、わずか6歳の子供がいとも簡単にそれをやってのける。

 すでに100までの数字をそらんじているし、足し算や引き算の計算を始めかな文字はもちろんのこと、簡単な漢字まで書くことができる。海外駐在の日本人は子供の日本語教育がおろそかになって困るそうだが、彼女の場合はお母さんの祥子さんがその道の専門家なのだ。文ちゃんの部屋には日本の小学校の教科書が1年から6年までずらりと揃っているのに驚いた。

 このように書くと、さも可愛げない子供のような印象を与えるが彼女はお母さんの後ろばかりを追いかけており、外に出れば抱っこばかりねだっているごく普通の甘えん坊なのだ。文ちゃんはこの9月からお母さんと一緒に住んでいるサンタクルーズ校の構内にある小学校に入学することになっている。米国の初等教育には、飛び級制度というものがあって生まれた月によってそれが選択できるそうだ。彼女は1年早く入学するとのことだが、入る学級は1,2年混合学級だそうだから来年はもう3年生だろうか。

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 祥子さんの話では、あまり早い進級は本人に良くないのではなかろうかと疑問を投げかけている。人間形成の上で、常に年上の人たちとの付き合っていくことになるので、健全な発育が阻害されるのではなかろうかと。

この新学期に祥子さんのサンタクルーズ校に、僅か13歳で大学3回生に転入してくる学生が話題になっているそうだ。これはアメリカでも最年少だそうで、果たしてうまくやっていけるかどうか大学当局も気をつかっているとのこと。

 話が変わるが、米国では日本のように新聞には全国紙がなく、部数も何百万部と言う新聞が少ないようだ。それだけにテレビのニュースや解説がよく見られている。人気であるニュースキャスターの意見が世論を左右するようだ。洋子さんの話では、日本人でこれらのキャスターと互角に渡り合える人が少なすぎる。他の国には大抵そのような人がいて、彼らと論争をして堂々と自分らの主張を言って、なるほどそういうことかと米国人を説得させている。

 それが日本人の場合、この人だと十分に意見を持っていると期待していると、聞くに耐えない語学力で論争どころか、さっぱり説得力がなくなり、がっかりすることが多い。また、たまにベラベラ喋る人がいたりするが、それは内容のない話であったり、核心をついてなかったりする。その意見が日本の主張だと一般に思われたりしているとの事。このような人が、日本の権威者顔をしているのは困ったものだと思う。このように英語に堪能な日本人権威者が少ないことが現在問題となっている。貿易摩擦や東芝のココム規制違反事件などが、さらに日本の立場を不利にしているようだ。

 文ちゃんのこのような世代が成長するようになると、そんな心配もなくなるだろうか。彼女を観察していると、生活態度は完全にアメリカ人だ。英語でものを考え、日本語に直している。日本人の英語と違って発音が本格的なので我々にはさっぱり聞き取りにくい。理想的な環境のもとですくすく育つ文ちゃんが、今後どのように成長するのだろうか、それを見守っていくのが楽しみだ。

【後日注:文ちゃんは有名大学を卒業して国務省に勤務している】


by ja3cf | 2020-04-19 22:21 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑩

ハイウェイとレンタカー

 アメリカの交通は飛行機と自動車だとはよく聞かされていたが、自分で体験してみてそれがよくわかった。実は文男くんの住んでいるボカラトンにも空港はあるが、定期路線のある大きな空港は車で1時間以内の所にあるマイアミを含めて3ヶ所にあるとのこと。私たちがロスから乗ったデルタ航空のボーイング767が降りたのは、フォートローダーデール空港だった。航空券を手配してもらった大手旅行業者が「初めて聞く空港です」とのこと。 

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 また日本で買い求めた大きなアメリカ地図にもその地名が載っていないので、どんな田舎町へ降りるのかと興味を持っていた。だがそこは最新の設備を持つ大きな空港で、空から見える街並みは海岸線に美しいビルが立ち並ぶ近代都市であった。このように米国の都市はどんどん発展しており、空港もそれに伴って増設や拡張をしている。この空港も最近拡張工事が行われたばかりだそうだ。

 米国のビジネスマンたちの活動は、まず近くの空港で自分の車をモータープールに預け、そこから飛行機で目的地の空港まで行く。空港には大手レンタカー業者のカウンターがあり、あらかじめ予約していた業者のコーナーで手続きをするとバスにて駐車場へ案内してくれる。そこからレンタカーで相手先に行くことになる。長期旅行する時も、市民は自宅からレンタカーで空港まで行くことが多いのだそうだ。かように米国は航空機とレンタカーが発達している反面、市内バスが一部の都市を除いてほとんどない。またタクシーも少なく運賃が高い。

今度の旅行の目的の一つだった自分で運転してハイウェイを飛ばしたいという願いが叶えられる時がやってきた。文男くんにお願いして借りた車は、大手のナショナルレンタカーの車ポンテアック6000LM、車体は日本のクラウンクラスの大きさ。87年製で外観がきれいだがメーターは14,300マイルを表示していた。

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ところで市内を走っている車を観察していると、日本車の割合がすこぶる多く、10台に23台にのぼった。文男くんの話では「うちの大学なんかもっと多いよ、故障しないし燃費がいいから日本車に限ると言っているよ」とのこと。燃費のことが話題になっているから、ガソリンが高いのかと思ったらなんと日本の3分の1の値段だった。ちなみに文男くんの愛車はトヨタのカムリだった。

最近は米国車も全般的に小型になり、特に若者の大型車離れが目立っているそうだ。我々のイメージにある、大きくて派手ないかにもアメ車というタイプに乗っているのが大抵は年配の人達だった。ご存知の様に米国の交通事情は車が左ハンドルで右側通行だ。それに借りた車は今まで運転したことのなかったオートマチック車だったので、正直に言って大変だった。私の運転歴は30年、右ハンドルの左側通行に体が慣れきっているのだ。

ここはアメリカだと身構えて運転しているときはよいのだが、ちょっと気を許すと勘違いをしてしまう。例えば左折のときである。交差点で停止してから出るとき、すぐに左折れして反対車線に入りかけてしまう。道路の幅が大きく、中央分離帯を広くとってあるので錯覚するのだ。

またオートマチックのチェンジレバーも日本車のものと違い、この車はハンドルの右側に付いており、ちょうど自分の車の方向指示レバーと同じ位置、同じ形状のため、つい手が伸びて大あわてしてしまった。しかし道路は快適だ。どんな狭い道でも両側にたっぷり空間をとっている。スピードはハイウェイで時速55マイル(90km)で走っている。市街地や田舎道では、45マイル(70km)になっている。何マイルもまっすぐに伸びるハイウェイでは、定速度走行装置をセットする。後は手をハンドルに軽く置いて左右の素晴らしい景色を楽しみながらドライブができる。

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ディズニーワールドからの帰り、地図を見てもらってその指示を受けて走るのだが、ルートの乗り換えを一つ間違えてしまった。スピードが速いので道路標識をよほど注意しないと大変な目にあう。気がついた時はすでに遅かった。幸いバイパスの多いところだったので、大きな時間のロスなしで予定のハイウェイに戻れた。

道路は車線が多く、複雑に立体交差している。流れに乗って走行しているので、乗り換える場所はあらかじめレーンを左から右に寄っていなければいけない。これは日本でも同じなのだが、市街地だとそれがひんぱんに続くからチョット早過ぎたり、また遅過ぎたりすると、とんでもない方向に行ってしまう。

 道路標識が日本と違う型式も多いが、親切で便利だと思ったのは、ルート表示には、北とか東とか方向も一緒に表示していることである。碁盤の目のように道路が発達している米国ならではの表示である。祥子さんがAAA(日本のJAFのような団体)でもらってきてくれた地域地図は、ハイウェイの立体交差の様子まで明示されており、市販の分厚い地図帳よりもよほど親切で詳しかった。日本からコンパスを持っていったが、道に迷った時に今どちらの方向に進んでいるのかよくわかって大変便利だった。また飛行機の中でも進行方向がわかり、それによってどんな風景が見えるか予測ができて重宝した。


by ja3cf | 2020-04-16 09:19 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ➈

田舎の街に突如ヨーロッパの有名店が

パームビーチに高級商店街があるとのことで、帰りにそこへ寄り道することにした。教えられたWorth Ave.という通りは、人通りがほとんどない閑散とした街並みなので、ここが本当に?と疑いの気持ちを持ちながら、とにかく車を脇に止めて降りることにした。一軒一軒覗きながら歩いていくと、ウインドーに飾られているのは、やっぱり見るからに高級品だとわかる品物ばかり。

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あった!いきなり「グッチ」という大きな店が現れた。よく見ると向かいには、シャネル、バレンティノ、ルイヴィトン、カルチェなどなど。私のようなファッションにあまり興味のない者でも知っている名前の店舗がずらり並んでいるではないか。聞くところによれば、ここにある店舗の大半はヨーロッパやニューヨークなどの有名高級品の直営店だそうだ。

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こんな素敵な街でアイスクリームを食べたいねと言うことで、売っているところを探したが見つからない。横道を掃除している若い女性に尋ねたら、私の店で売ってるわよとのこと。彼女が入っていったアンティークな小物が並べられている店がなんとアイスクリーム屋さんだったとは。この店もニューヨークの支店だそうだ。値段は特に高くなく、やっぱりおいしかった。

一息ついたところで順子は、どうしても店内に入ってみたいと言う。思い切ってグッチの重い回転ドアを回すと、内部はゆったりと場所をとってバッグ類がたくさん並べられていた。日本でもお馴染みの赤と緑の線が入った布製のバッグは僅かしか置いてなく、ほとんどは革製品だ。ちなみに無造作に並べているハンドバックの一つを手に取って眺めてみたら、なんと6000ドルの値札!やっぱりここパームビーチは我々庶民には縁遠い別世界だった。


by ja3cf | 2020-04-13 11:20 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑧

上流社会の街パームビーチ

 ボカラトンの北50キロメートルのところに、高級住宅の並んでいる街があるとのこと。半日祥子さんにそこへ案内してもらうことになった。そういえば「地球の歩き方」にそんなところがあると載っていたなと慌ててその項を読み直してみた。それによると、ここはあの有名なビバリーヒルズよりも豪邸の数が多く、すごいところだとのこと。

横道にそれるが、今度の旅を企画してから前調べをしたくてガイドブックを探した。アメリカを書いている本がたくさんがあるが、驚いたことにフロリダが載っているのは、わずか2冊に過ぎなかった。(といっても両方ともたった数ページだが)それも大阪市内の有名書店を回ってこの有様だ。

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それだけでフロリダへ来る日本人はいかに少ないか分かろうというものだ。現に今度の旅行中で日本人観光客に会ったのは、ディズニーワールドでの3グループだけだった。ロス空港でのあの他を圧する同胞の大群を思えば、このパームビーチの高級住宅街は、観光客に俗されず静かにたたずんでいるのが嬉しかった。

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 ここはちょうどマイアミ市と同じように、内陸部のウェストパームビーチと運河を隔てて海岸部のパームビーチに分かれている。幅100m、東西約10km、ヤシの並木が続く通り両側は全て高級住宅で埋まっている。

 白亜のしゃれたいかにも南国の家という造りや、ヨーロッパ調の石造りの荘厳な感じの邸宅、みんなそれぞれに個性を持っており、一つとして同じタイプの家がないのはさすがだ。ゆったりとした敷地には樹木がたくさん植えており、青い空、白い雲をバックにした風景は本当に美しい。まるで名画を見ているような夢心地でうっとりとしたひとときを過す。

 しかし、夏場にここに住んでいる人は僅からしく、街は閑散としており雨戸やシャッターを下ろしている家が多かった。ほとんどの邸宅はセカンドハウスで、日頃は大都会に住み冬季に寒さを逃れてここに居を移すのだろう。聞くところによると、ケネディー家やあのクライスラーを再建して名を上げたアイアコッカ氏など、世界的に有名な人物の邸宅が目白押しとのこと。

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 そんな別荘が続く中、ひときわ他を圧する豪邸があった。フラグラー家の別宅だった家だ。だったと過去形で書いたのは、現在はそっくり市に寄贈をして博物館として一般に公開されている。ヘンリー・フラグラーは一般にはあまり馴染みがない。スタンダード石油の創始者だそうだが、同じ共同経営者でありながらロックフェラーはその名を冠した財団があるためよく知られているのとは対照的だ。

 しかし説明を聞くと、フラグラーはここフロリダ開発の大変な貢献者、いや恩人と言っていいほどの大人物だということがわかってきた。彼はこの地の風光明美と、産業の重要性を着目して、19世紀の終わりに北部のジャクソンビルから最南端のキーウェストまで鉄道を施設したのだ。そのおかげでマイアミやここバームビーチなどがリゾート地として有名になったわけだ。

 このロココ調の白亜の殿堂(ホワイトホール)は、今世紀の初めに建造をされた。大理石ずくめの建物は、天井画や各種の豪華調度品や材料など全てヨーロッパから運ばれたそうだ。保存程度は大変良く、そのほとんどが当時のままだそうだが汚れたところが少ない。何しろ客間が11室、たくさんがある女中部屋でも一流ホテルより豪華なものだそうだから驚いて言葉も出ない。大理石の敷き詰めた広いホールを見つめていると、ここで夜ごとに舞踏会が開かれた様は、映画に見るヨーロッパ貴族のけんらん豪華なダンスパーティーの画面がダブって、しばし感慨にふける。

 この屋敷は、氏は3人目の夫人が年間わずか8週間住むために造ったものだそうだから、その富がいかに膨大であったか計り知れない。ボランティアで説明してくれるおじさんの、あまりにも詳しすぎて少々うんざりの話を聞きながら、タイムトンネルをくぐったひとときを味わせてもらった。


by ja3cf | 2020-04-11 07:46 | 【特別編】

「アメリカ最南端に立って」フロリダの旅・見聞記 ⑦

素晴らしい自然と環境保護

30日の日曜日にきれいな川があるとそこへ泳ぎに行くことになった。オーランドの北にあり、ホテルから80㎞、約1時間の道のりである。はじめてカントリーロードをドライブする。田舎道といっても日本の国道並みで、ほとんどカーブがないから楽だ。道路の真ん中にカラスが止まっているようなので、よく見たらこれがなんとアルマジロの死体だった。道路へのそのそと這い出て、轢かれたらしい。

 そこはKelly ParkRock Springsといって郡立公園になっている場所で、森林の中のくぼんだ岩間から突然清水が湧いて、小川となって流れているのだ。湧き水だから本当にきれい、底まで透けて見える。

 しかも大変な量で数mの幅になって流れている。ここに遊びに来るのは地元の人ばかりで、そばの売店でトラックタイヤを1ドルで借りて、約1kmの川下りを楽しむのだ。湧き水なので冷たいかなぁと思っていたが意外と暖かく、年間を通じて24度だそうだ。

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 自然とハイレグギャル達のはしゃいでいる風景を楽しみながらの川下りは本当に気持ちがよかった、最高の気分!。遊泳コースの途中の川幅の広い所に手を加え、あたかもプールのように護岸や施設を作っている。また川岸には木製の頑丈な遊歩道が作られていた。

 公園内には種々の設備とともに野外パーティーができるようになっているが、「ノーベッド、ノー火気、ノーアルコール、ノーフィッシング」とはっきり明示しており、住民もよく守っている。水中メガネをつけて潜ってみたら、なんと30㎝もある鯉のような魚がいっぱい目の前を泳いでいた。また事故のないように見張りをしている者、ゴミの回収に回っている人などボランティアが何人もおり、管理が大変行き届いていた。

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 別の日にボカラトンの内陸部にある大きな沼へ案内してもらった。ここはフロリダ半島の南部に広がる広大な湿地帯エバーグレーズにつながり、その北部に位置する沼地である。底の浅いエアボート(プロペラ船)30分の探索だが、亜熱帯地方の動植物が豊富で、野鳥は爆音をたてて近づいても逃げない。ここにはワニも住んでいると聞いて期待していたが、かなりの面積を走ったのに残念ながらお目にかかれなかった。フロリダにはワニがたくさんいると聞いていたが、それは過去の話だなと考えていた。

ところが三日間泊まったシェラトンホテルの池に、なんとワニが水面より顔をのぞかせて悠々と泳いでいるではないか。しかもこの池は足こぎの遊覧ボートがあり、私も文ちゃんを乗せて一周したら、まさか小さなボートで遊べる設備のある池に獰猛な動物が住んでいるとは!。池の注意書きを見たが、夜間のボートの使用を禁止することだけでワニがいるから注意せよとは一言も書いていない。

 これはどのように解釈していいのだろうか。フロリダは野生動物がいっぱいいる土地だからワニがいても当然だということだろうか。まさかホテルはここにワニがいるのが知らないことがないようだから。もし日本ならどうだろう「こんなところで子供を遊ばせるなんて非常識にも程がある、柵を作って厳重注意せよ」なんて大騒ぎになることが目に見えている。それがこちらではみんな悠然と見物しながらボートに乗っている。そのおおらかなこと。

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 ハイウェイを走っていると、両側の土地がほとんど手付かずのままの所が多い。日本流に考えると、こんな便利なところを遊ばすなんてと考えるのだが。文男くんの話では、自然保護のため開発を規制している地域が相当多いとのこと。どこへ行っても野鳥が多く、人が近づいても逃げる気配はない。至近距離から写真が撮れてありがたい。ちょうど公園の鳩と同じように。

 このようにフロリダは自然を十分に活かしながら人間が生活をしている土地のようだ。だから住宅地には虫や小動物が多い。それを防ぐ生活の知恵をしながら共存している。そこには豊かな土地の持つおおらかさもあるのであろう。


by ja3cf | 2020-04-10 11:32 | 【特別編】